2010年10月10日

講師紹介


藤田 真一
  • 1949年、京都市生まれ
    大阪大学大学院修了
    追手門学院大学ー京都府立大学ー現・関西大学文学部教授
  • 研究テーマ;蕪村を中心とする俳文芸
    『蕪村全集』(講談社)や『蕪村書簡集』(岩波文庫)の編集にかかわる。
    著書:『蕪村 俳諧遊心』(若草書房)や『蕪村』(岩波新書)他
    近年、京都の角屋で暮れに催す蕪村忌句会に尽力している。
    さらに蕪村が大阪が生んだ偉大な俳人として評価されることを願って、
    大阪市や都島区の活動に協力をしている。

三村 純也
  • 昭和28年大阪市生まれ/現・大阪芸術大学教授
    慶應義塾大学大学院博士課程修了
    芸能、中世文学、民俗学、近代俳句史などを専攻(中学生の頃より作句)
    昭和47年、「山茶花」に入会
    下村非文に師事、その紹介により清崎敏郎、稲畑汀子の指導を併せて受ける。
    平成9年、「山茶花」を後継主宰
    選者:味のカタログ雑誌「茶の間」俳壇 /同別冊俳誌「暦」/「山陽新聞」/「NHK俳壇」
    句集:『Rugby』『蜃気楼』『常行』(第26回俳人協会新人賞)
    所属:日本文藝家協会/俳人協会/日本伝統俳句協会/大阪俳人クラブ
        大阪俳句史研究会/俳文学会/中世文学会/芸能史研究会/能楽学会

    俳句は、日本人の生活感情、美意識から生まれた季題を詠む、世界最短の詩です。
    高浜虚子の唱えた「花鳥諷詠」が、私のモットーです。
    四季の移り変わりによる自然界の変化。それに伴う、人間界の変化、それを詠むということです。
    また、単に自然を大切にするというだけではなく、人間もまた、自然の一部なのだという認識が大事です。
    自然を人間の勝手に破壊しては、やがて人間も破滅に至ります。
    地球を守るという観点からも、花鳥諷詠という思想は大切なものと思います。 とにかく、俳句は十七音、五・七・五しかありませんから、最初から伝達性を放棄した文学形式なのです。
    が、それを逆手に取って、ほんの少しのことだけを述べて、あとは読者に想像してもらうという、俳句独特の伝達方法を生み出して来たのです。季題にすべてを語らせるという手法とともに、省略してしまう技術、それが俳句表現の骨法です。  以上


山尾 玉藻
  • やまお たまも
    大阪市東区(現・中央区)生まれ、現在大阪市都島区在住。
    俳人:俳句結社「火星」主宰
        月刊俳誌『火星』発行
    著書:句集『唄ひとつ』(本阿弥書店刊)『鴨鍋のさめて』(本阿弥書店刊)
        『かはほり』(ふらんす堂刊)『自註句集・山尾玉藻集』(俳人協会刊)

    日本は自然の四季に富み、あなたの目の前の自然は時と共に変化しています。
    それを見るとあなたも必ず何かを感じる筈です。
    その時の気持を五、七、五の十七文字に書きとめてみませんか。
    俳句は世界で最も短い詩、与し易い詩です。
    ところが残念なことに、俳句は高尚で難しい文学と敬遠されがちです。
    決してそうではありません。
    俳句は自分の毎日の生活に即した、生(なま)で直(じか)な文芸です。
    さあ、あなたも俳句を作ってみましょう。
    一日一日が必ず豊かで楽しいものになる筈です。

    私の父、岡本圭岳は大阪船場に生まれ、十六歳で正岡子規の謦咳にふれ、
    それを誇りに業俳人として生涯を俳句一筋で貫きました。
    ご存知のように正岡子規は俳句に革新を唱えた大いなる貢献者ですが、
    同時に俳壇において与謝蕪村を高く再評価した人でもあります。
    子規を生涯の師と仰ぎ続けた父もまた蕪村作品を敬愛し、
    娘の私の名を玉藻と命名しましたのも蕪村選集『玉藻集』に因んでおります。

    この度、蕪村顕彰俳句大学で講師を務めさせて頂くことに、
    私は何かしら浅からぬご縁を感じております。
    一人でも多くの方々に俳句の楽しさをお伝えしたいと思っています。


宇多 喜代子
  • 俳誌「草樹」代表 
    現代俳句協会(会員9000人)会長
    大阪俳人クラブ常任理事
    大阪俳句史研究会理事

  • 表彰:紫綬褒章受章/旭日小綬章賞受賞/蛇笏賞受賞

茨木 和生
  • 俳誌「運河」主宰
    (社)俳人協会(会員14000人)理事
    大阪俳句史研究会理事
    大阪俳人クラブ常任理事

  • 表彰:俳人協会賞受賞/俳人協会評論賞受賞

朝妻 力(あさつま りき)
  • 昭和21年 新潟県西蒲原郡赤塚村(現新潟市西区神山)生まれ
    昭和52年 俳句結社「風」入会。
            澤木欣一、細見綾子、皆川盤水各師の指導を受ける。
    平成 元年 「半夜」「春耕」に入会。「半夜」は後平成7年退会。
            勤務先社内に俳句同好会を組織。
            同好会誌「俳句通信」を創刊。
    平成13年 俳句通信を俳句結社「雲の峰」と改称主宰。
            俳句結社として歩を改める。
    <現在>
    「雲の峰」主宰
    「春耕」同人会副会長
    (社)俳人協会幹事
    大阪俳句史研究会理事
    大阪俳人クラブ常任理事

    Eメール : riki575@peace.ocn.ne.jp
    ホームページ : http://www2.ocn.ne.jp/~riki


    俳句は有季定型(ゆうきていけい)、つまり季語を用いて、575の定型で表現するということです。合計17音という短さであるだけに、入り易いが、とてつもなく奥行きが深いという特徴があります。

    俳句を楽しんでいる人は、少なく見積もっても百万人、時折作る人を含めると数百万人と言われております。それだけ裾野の広い文芸、きっかけがあれば、どなたでも楽しめる文芸と言われます。

    俳句は17文字の自分詩、そして1日1行の自分史。というのは私のスローガンです。
    楽しみつつ、季語や日本語を学習する。
    そんな中で特に、
              1.季語と定形を生かし正しく表現する。
              2.自然と生活の中から新鮮な詩情を発見する。
    という2点を中心に、学習して参りますよう。

    大阪は蕪村の生誕地、そして芭蕉終焉の地。
    この地で俳句を学ぶ意義深さを感じております。


村田 正博
      ◆大阪市立大学大学院文学研究科教授  村田 正博
      <プロフィール>  
       学位: 博士(文学)
       最終学歴: 筑波大学大学院博士課程文芸・
              言語研究科単位修得退学
       専門分野: 日本文学、古代文学、和歌、萬葉集、漢詩文
       所属学会: 萬葉学会(編輯委員)、上代文学会(理事)、
              美夫君志会、和歌文学会、和漢比較文学会
       主要業績: 著書『萬葉の歌人とその表現』、2003.6、清文堂出版
       論文「子規初学 ―和歌史再生その前夜―」、『文学史研究』46、2006.3
       論文「子規習作 ―雲林の教え―」、『文学史研究』47、2007.3
       論文「子規開眼 ―橘曙覧『『志濃夫廼舎歌集』をめぐって』―」、
          『文学史研究』48、2008.3
                                        ほか
<俳句の生い立ちと特質>
俳句は、そのおおもとをたどれば、和歌から流れ出たものです。和歌から連歌へ、連歌から俳諧連歌(連句)へ、和歌の上の句《五・七・五》と下の句《七・七》とを交互に数名で付け合わせる連作方式が生み出され、その冒頭第一句「発句」が独立したものが、いわゆる俳句として発達してきたのです。その意味では連句は俳句前史ということになるのですが、幾人かで気脈を通じ、心象風景をさまざまに展開させるありさまは、なかなか絶妙。その連句の世界をかいま見ながら、俳句の生い立ちや、それゆえの特質について、具体的な作品を読み解きながら、考察を深めたいと思います。
<芭蕉から蕪村へ>
芭蕉(1644~1694)は、連句の興行、後進の指導、門人たちの心の調律師など、多くの側面を有していますが、幾度も旅に出て、景にたわむれ古人とかたらい、私たちの思索を深くさせてくれる俳句をのこしています。芭蕉以後の古典俳諧で、この人ありと注目されるのが、与謝蕪村(1716~1783)です。蕪村が目指したのは蕉風(芭蕉とその一門の作風)ですが、蕉風を庶幾しながら、それとはまた異なる、独得の境地を拓きました。近代の正岡子規(1867〜1902)や萩原朔太郎(1886〜1942)らによって、近代文学の観点からも高く評価された蕪村俳句の極致をたどりたいと思います。

明珍 健二
  • 1959年、福島県生まれ。
    花園大学文学部史学科卒。
    三春町歴史民俗資料館学芸 員、生駒市教育委員会、栗東歴史民俗博物館学芸員、大阪市立住まいのミュージ アム学芸員を経て、花園大学文学部文化遺産学科准教授、博物館学芸員養成課程を担当。
  • 専門 : 博物館学
    物質文化研究の先端である博物館に25年勤務したことにより、
    日本民俗学・日本文化史に興味を持ち、都市と地方の文化交流史について研究を
    すすめている。特に上方(大阪・京都)の都市は地方からみると、いかに「憧憬」をもって見られていたかが明らかとなる。

戸栗 末廣
 平成10年 火星入会
 平成14年 圭岳賞(新人の部)  
         火星同人 俳人協会入会
 平成16年 火星恒星圏同人
 平成18年 火星賞受賞(平成17年度年度賞)
 平成18年 第一句集『こほろぎ』上梓
        火星神明句会指導
 平成20年 明石市あかねが丘学園 俳句クラブ講師


浅川 正
 昭和25年 大阪市生まれ
 平成11年 俳句通信(現 雲の峰)入会
 平成14年 新人賞受賞 雲の峰同人
 平成15年 雲の峰賞受賞
 平成18年 雲の峰賞受賞

 雲の峰編集長・ 俳人協会幹事・大阪俳句史研究会会員・大阪俳人クラブ会員
 日本自然保護協会自然観察指導員・日本野鳥の会会員・関西クモ研究会会員
 土木学会会員・コンクリート診断士・測量士・泣Vビルブレイン代表取締役
 社会福祉法人博栄保育園理事



大橋 晄(おおはし あきら)
 • 昭和12年 布施市長瀬(現東大阪市)生まれ
 • 東京大学工学部卒業、大学院修士課程修了
父・大橋桜坡子は十七歳で俳句を始め、二十二歳で虚子に会い、生涯虚子の
教えの下で俳句を続け、多くの人に俳句を導いた。私はその長男(第五子)として
生まれ、母や姉達も皆俳句を作る環境の中、物心がつく頃から自然と俳句に親しみ、
小学校の頃から俳句を作った。高校時代以降、作句から距離を置いたが、
当家で発行する「雨月」には目を通していた。継続的な作句は五十歳代半ばからである。

 • 「雨月」主宰、長姉大橋敦子に師事、平成22年同主宰を継承。
 • 句集:『寒の星』
 • 所属:俳人協会評議員、日本伝統俳句協会参事、大阪俳人クラブ常任理事
<俳句への想い>
 日本の四季折々の気候の変化、それに伴う天文(太陽、星、月、空など)、地理(山、野、川、海、湖など)の姿、日本各地の様々な伝統的行事や人々の生活、動植物の移ろいなど、恵まれた自然環境の下で自ずと生れ、多くの人が慣れ親しんできた短詩が俳句です。
  従って俳句は季語が基本となり、五七五の美しいリズムに基いて、自然を対象に、更には自らの心を加味して詠う短詩です。

  俳句を作り始めた以上、止める人は殆どいません。俳句を作り続けることによって、それらの俳句がその人の生活、人生の記録となり、自分の作った俳句を振り返ると、それを作った場面や心の動きが浮かび上がってくるからです。
  老境に入った人は、俳句を続けてきてよかった、作っていなかったらどれほど潤いのない人生だったことでしょう、と仰います。
  初心の方は、先ずは対象を素直に写生し、余り多くの事を述べようとせず、中心を絞って表現する。その内に頭で作るのでなく、心で詠みましょう。
  皆さん、是非ご一緒に俳句の世界に入られませんか。


posted by 蕪村顕彰俳句大学事務局 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 講師紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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