2012年10月31日

「国際俳句蕪村賞」が大阪集客プラン支援事業に認定

NPO法人近畿フォーラム21主催    
蕪村顕彰俳句大学 学長   川原 俊明



 NPO法人近畿フォーラム21主催「蕪村顕彰俳句大学」は、9月23日開催の第5期講座表彰式で「国際俳句蕪村賞」の授与式を行い、その第1次としてフランス・ウクライナ・台湾から出句された優秀作品に同賞を授与しました。

 
 こうした中、10月30日に大阪集客プラン支援事業実行委員会(大阪市、大阪商工会議所、大阪観光コンベンション協会)から、上記「国際俳句蕪村賞」の目的が認められ、平成二十四年度決定事業の"<情報発信部門>の大阪集客プラン事業"として支援して頂くことになりました。感謝致します。

               



 認定された"<情報発信部門>の大阪集客プラン事業" 趣旨は、下記の通りです。

 ◆事業内容◆
 大阪の俳人 与謝蕪村を顕彰する国際俳句大会の開催に向けて、バーチャル蕪村公園を作成する。大阪と日本を代表する俳句文化を海外に発信する事を目的に、広報・ウェブ関係の事業を展開します。世界各国との“こころ”の交流を軸として、大阪への観光振興の実現と国境・文化・言語・世代間を越えた絆を深めます。

 ◆認定理由◆
 蕪村生誕の地である大阪から発信していく事で、大阪のイメージアップと新たな集客効果も期待できる。 
                                                    <認定の詳細はコチラから 拝読下さい。>



 ところで蕪村顕彰俳句大学では、俳句をつくる「句会講座」を主軸として開講し、3年が経過しました。
 この機に更にこの活動を拡大していくため、「蕪村生誕地の大阪から俳句文化を諸外国に発信し、俳句を通じて諸外国の大学や現地日本文化協会、俳句愛好家等と国際交流を推進し大阪のイメージアップと新たな集客効果を図っていく」事業を立ち上げにました。これが「国際俳句蕪村賞」創設の趣旨です。

 現在、大阪市や「蕪村顕彰俳句大学」の大学講師を通じて、数か国の俳句愛好会との交流の具体的な折衝を続けております。今後「国際俳句蕪村賞」を目指して作品を出句してくる諸外国は増えるものと期待しております。

 こうした中で、大阪集客プラン支援事業実行委員会(大阪市、大阪商工会議所、大阪観光コンベンション協会)から、蕪村顕彰俳句大学の内部組織「蕪村生誕300年記念事業委員会」の事業趣旨を認定されたことは、この事業の更なる発展が期待できるものと確信致し、<情報発信部門>の大阪集客プラン事業として支援して頂くことになり、心からお礼を申し上げます。
 どうか、諸外国と俳句を通じて“こころ”の交流を深めて参りますので、皆様のご助力を賜りますようお願いいたします。

 取り敢えず、大阪集客プラン支援事業実行委員会の平成二十四年度大阪集客プラン事業の決定とご支援のご報告まで。
                                        (以上)
posted by 蕪村顕彰俳句大学事務局 at 10:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ご挨拶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月25日

季語「鶏頭花」で盛り上がった「句会講座」

蕪村顕彰俳句大学 事務局


 3年目となる「講座 蕪村顕彰俳句大学」の10月「句会」が、10月24日午後1時から山尾玉藻講師(「火星」俳句会主宰)のもとで開かれました。
 37名の受講生から出句された92の作品を、受講生がそれぞれ3句づつ選句して順番に発表することから始まりました。

 今度の句会の兼題(季語)は、「鶏頭花」でした。受講生の中にもこの季語自体を知らない方もあり、最初はその季語の勉強から始まった方も多かったそうです。

鶏頭花」とは、
<秋の季語。ヒユ科の一年草で、中国から渡来した。韓藍の古名で万葉集にも詠まれている。一メートル弱の茎先にニワトリのとさかのような真っ赤な細かい花をつける。黄や白の花もある。庭先などに植えれ、花が少なくなる晩秋までその姿を楽しませてくれる。江戸期までは若葉を食用にしていた。>  だそうです。ご覧になったことがありますか。

因みに、「鶏頭花」「「鶏頭」折りこんだ俳句に
    < ・鶏頭や雁の来る時尚あかし  芭蕉
      ・錦木は吹倒されて鶏頭花    蕪村
      ・秋風の吹のこしてや鶏頭花  蕪村 >
  がありました。



 話は「句会」に戻りますが、この日常的に接する事の少ない同「鶏頭花」をよく学ばれたあと、同花のある場所まで実際に訪ねて行き、そこでの「思い」や「情景」を見事に詠まれた作品が目立ちました。
 受講生による「選句」に続いて、山尾玉藻講師が1句づつ「選評」されました。「情景がよく見えてくる」、「句によって新しい発見がある」との評価の一方、「言葉や活用形を替えるのが望ましい」として句を修正する指導もありました。

 このあと、優秀句、佳作、そして秀句が公表されました。
 「秀句」に選ばれた5つの作品について、山尾玉藻講師に「短評」を綴って頂きました。ご苦労をお掛けし感謝致します。

★「秀句」
   ◆ 種こぼす鶏頭にある盆の窪         西畑敦子
種をこぼす頃ともなると鶏頭のごつごつとした花も張りをなくしてうつむき加減となる。作者は大きな花を頭と、また花の付け根を首と見立て、その付け根の窪みを「盆の窪」となぞらえたのである。面白い発見である。佳い句には必ず発見がある。
   ◆ 韓藍の軍鶏の貌して昏れゆけり       阿久根良一
 韓(から)藍(あい)は鶏頭花の別名。鶏頭花は無骨さを主張しているような花である。しかしこの鶏頭花は少し野性味を帯びて精悍な雰囲気を漂わせていたのだろう。夕闇が濃くなるほどにその趣を一層濃くしている様子である。この句も「軍鶏の貌」に独自の発見がある。
   ◆ タンゴでも踊れそうだよこの鶏頭      東 和子
 肉厚で真っ赤な艶のある鶏頭花はフレアスカートのように波打っているが、そこからタンゴをイメージしたところが大変ユニークである。また、下五「この鶏頭」には「此奴め」といったような親しみが籠められていて、斬新且つ軽妙な一句である。
   ◆ 秋の蚊を探す眼の冷えて来し        大山文子
 作者は眼の前を過った秋の蚊を仕留めようと眼を凝らしていたのだろう。しかし次第に、哀れな秋の蚊をむきになって探す自分を少し淋しく感じ始め様子である。「眼の冷えて来し」はそんな心情を感覚的に捉えた表現であり、読者としては作者が何とはなく身の内に秋冷を覚え始めたと鑑賞するとよいだろう。
   ◆ 鶲連れ移動図書館来てをりぬ        前田 忍
 移動図書館が来ている辺りの木々に鶲の群がいてさざめいているのだろう。これは全く偶然の成り行きに違いないのだが、作者にはまるで移動図書館が鶲を連れて来たように思え、少しこころが躍ったのだろう。辺りに日が溢れる秋うららの一景である。

 山尾玉藻講師による「寸評」を読ませて頂くと、俳句の奥の深さが滲みでていて、俳句の面白さと感動が盛り上がってきます。どうか拝読願います。
posted by 蕪村顕彰俳句大学事務局 at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 講座内容 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月15日

「台湾の俳句事情について」 〜台湾義守大学の花城可裕講師からのメッセージ〜

蕪村顕彰俳句大学 事務局

 台湾の義守大学応用日語学系の花城可裕講師兼副主任とウクライナのキエフ国立大学のシェフツォバ・ガリーナ助教授が、平成24年8月16日に、大阪市都島区の蕪村生誕地と由縁のある「蕪村公園と淀川堤防の蕪村生誕地碑」を見学されたことは、既に本HPに掲載しています。(「2012.9月21日朝刊産經新聞記事」)。

 お蔭様で同上の見学をきっかけに文字通り「国際俳句交流」が始まったのです。それを踏まえ9月23日開催の「蕪村顕彰俳句大学・第5期表彰式」において、初の「国際俳句蕪村賞」がフランス・ウクライナ・台湾の優秀句出句者に授与されました。これについて花城可裕講師兼副主任は<俳句を通じた「ご縁」を世界に広げ、世界平和に貢献することができる、それが「国際俳句蕪村賞」であると思います。>と云うご評価を頂き、感動致しております。

 こうした一連の動き動きに関して、台湾義守大学の花城可裕講師兼副主任から下記のようなメッセージを頂きましたので掲載させて頂きます。


 ◆ 掲載文

1.「蕪村公園を見て」

 思った以上に広い公園で、立派な句碑が据えられており、大阪市をはじめNPO法人近畿フォーラム21や蕪村顕彰俳句大学の皆様のご苦労は一方ならぬものだったと思われました。 この次は是非とも春に訪れたいと思いました。その折には、「春風橋」を渡って、蕪村筆の「春風」の文字を見たいと思います。その頃の毛馬の堤には菜の花が咲いているでしょうか。「菜の花や月は東に日は西に」の光景をこの眼で見てみたいものです。 (中略)


2.「国際俳句蕪村賞について 」

 蕪村公園内には、表彰句の「プレート碑」があり、大阪府知事賞・大阪市長賞・大阪市教育委員会委員長賞の受賞者名が列記されており、大阪挙げての活動であることが分かりました。「第四期講座入賞句・大阪府知事賞」の「短日の大きな河を渡りけり 野澤あき」という句は、雄大な景に作者の人生が象徴されている素晴らしい句であると思いました。


3.「義守大学俳句会について」

 義守大学俳句会は本年(2012年)5月に結成され、本学日本語学科の学生15名ほどからなっております。会員の中には、日本国内で挙行された俳句大会に於いて「佳作」に入選した学生もおりますが、文学専攻ではない上に、まだ、俳句の勉強を始めたばかりの学生たちですので、皆様にご指導ご鞭撻をお願い申し上げる次第です。以下はその入選句です。

 星溶けて時間の淀む天の川 呉彬睿
 戻らない青春のうた秋の蝉 王筑玉
 一人酒してる男や冬の月 楊宗頴
 大家族白玉食べる冬至かな 林詩婷
 夕食の半熟卵冬茜 羅廷宇
 祖母笑う時しわが寄る曼珠沙華 陳嘉淑
 麻雀の音もはずむや春の 楊文凱


4.「台湾の俳句事情について 」

 台湾俳句は、日清の戦役と共に始まりました。今年(2012年)は、台湾に俳句が伝来して118年目に当ります。しかしながら、台湾俳句は現在、滅びの危機に直面しております。

 台湾俳句界の第一人者であり、戦後四十数年間、台北俳句会会長として台湾の俳壇を指導して来られた黃靈芝先生は、その著『台湾俳句歳時記』中の文章に、台北俳句会は、「創立の当初から、言葉の障壁により若い世代の後継者を多分持ち得ないだろう、いわば亡びを前提とした会である」と書かれて居られます。

 手前味噌になりますが、私は三年前の2010年5月から、台湾の大学で日本語を学ぶ学生を対象とした「全国日本語俳句大会」を挙行しております。
この俳句大会は、この百十数年間、台湾の大地で大切に育まれてきた台湾俳句を、黃靈芝先生、そして台灣俳壇で活躍されている諸先生方――廖運藩先生、黃葉先生、楊海瑞先生、李錦上先生…のご指導の下、日本語学科の師生の手によって次代に伝えていくためのものです。幸い、大会の趣旨にご賛同を賜り、台湾中の大学から御投句頂き、本年、第三回大会を無事開催する事ができました。

 さて、台湾俳句の歴史を顧みると、大きく二つに時代区分されるものと思われます。
第一期は明治二十八年から昭和二十年まで、第二期は台北俳句会が創立された昭和四十五年(一九七〇)から今日までです。
 第一期はさらに三つに区分されます。それはちょうど明治、大正、昭和の元号で区切ることができます。明治期は渡邊香墨、小林李坪、岩田鳴球と言った子規の直弟子たちによる「日本派俳句」の時代、大正期は諏訪素濤を中心とした「碧派・新傾向俳句」の時代、終戦までの昭和期は山本孕江の指導による「ホトトギス・ゆうかり」の時代です。孕江は「台湾俳句」の確立の為、二十六年の長きに亘り、毎月、俳誌『ゆうかり』(創刊は大正十年)を発行し続けました。
 しかし、戦況の悪化により第一期に幕が下ろされます。『ゆうかり』第二十五巻第三号(昭和二十年四月二十八日発行)に孕江は次のように書いています。
 「本誌用紙も茲に緊迫する時局の波に逼迫を告げ、かつ当局の御指示により、本號を以て一時休刊の止むなきに到りました。想へば本誌創刊以来ここに二十有六年、通巻二百八十一號を以て、ひとときの憩ひをとることになりました。会友同人諸兄よ、本誌は断じて廃刊ではありません。暫らくの間眼をふさぐに過ぎません。復刊の日もさまで遠くはないことを確信してゐます。」
 しかしながら、『ゆうかり』が復刊されることはありませんでした。

 義守大学で挙行される「全国日本語俳句大会」では、毎年大会の成果を残すために雑誌を発行しております。その雑誌は孕江の台湾俳句の確立という遺志を受け継がんが為、ユーカリの学名である、「ユーカリプタス(Eucalyptus)」を採って誌名と致しました。
 「ユーカリプタス」とは、「良く覆った」と言う意味のラテン語で、ユーカリが砂漠などの乾燥した土地でもよく育ち、樹の葉で大地を「良く覆う」ことからそう名付けられたと言われています。台湾俳句が、恰もユーカリの樹が砂漠に繁っていくかのように、再び広まっていくことを祈念しての命名です。また、この雑誌に殊更ラテン語で命名したのは、決して衒学趣味からではなく、敢えて日本語でも漢語でもない言語を用いて命名することにより、立場の違いや偏狭な民族主義を超え、皆で共に俳文芸の世界に逍遥していきたいという希望を込めてのことなのです。

 次に第二期の台北俳句会四十数年の歴史を見てみると、それは正に艱難の歴史でした。台北俳句会が発足した当時は、日本語が公の場では使用が禁止されていた戒厳令下にありました。黃靈芝先生は護身用の日本刀を懐にして句会に臨まれたと『台湾俳句歳時記』中の文章に書かれて居られます。
 それは、「会員の誰彼に手を出す者がいたら飛びかかるつもりだった。芸術に国境のごときけったいなるものは存在しない。理不尽を私は許さない。」「神聖な句会を汚されたくない。」とのお心からでした。

 黃靈芝先生は台北俳句会会員の句を集め、本年までに39冊の『台北俳句集』及び、『台北俳句会四十周年紀年集』を刊行されて居られます。また、先生に『台湾俳句歳時記』の御著書があることは広く人の知るところです。この四十数年間の精華は、39冊の『台北俳句集』と『台北俳句会四十周年紀年集』と『台湾俳句歳時記』とに見ることができます。
 
 最後に、学生俳句の現状は如何であるかと申しますと、卒業後は句作を止めてしまう学生が多いように見受けられます。現在、私は、弊校主催の俳句大会を、学生が俳句と「縁を結ぶ」為のものであると考えています。縁がなければ何も生じません。しかし、縁がありさえすれば、20年後30年後に、「そう言えば学生時代に俳句を作ったことがあるなぁ。また、俳句を始めてみようか」、と思ってくれる学生がいるかもしれません。そう思ってくれる学生が一人でもいたとしたならば、弊校の企ても徒労ではなくなると思っております。


5. 「国際俳句蕪村賞を通じた国際交流への期待」

 蕪村の俳諧は、日本の近代俳句に多大な影響を与えました。同様に21世紀の世界の俳句に、「国際俳句蕪村賞」が大きな寄与をする事を願って已みません。
 俳句を通じた「ご縁」を世界に広げ、世界平和に貢献することができる、それが「国際俳句蕪村賞」であると思います。

                    (台湾・義守大学 応用日語学系 講師兼副主任)
posted by 蕪村顕彰俳句大学事務局 at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際交流 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする